シーラカンスに 近付く日

4月から電気が自由化するとかなんとかで、おトクだという新たな料金プランの案内が来ていて、そろそろ3月が終わろうという頃、変更するなら急がなくてはならないのではと慌て、案内に改めて目を通した。
うちはどのプランにするのがいいのかなあ 変えた方が安くなるのかなあと色々考えながら見ていたが、ある部分にさしかかった途端、読むのをやめた。

紹介しているプランに変更するには、WEB会員への登録が必要です。

わたくし及び我が家では、インターネット環境を有していない。
そういう人間に対して、世間はとみに厳しく冷たい。
今回の如く選択権をハナから奪われる。
付与されるポイントに差をつけられる。
大抵のことには応募できない。
是非メッセージを送りたいと思ったラジオに参加できない。
すぐにWEBへといざなおうとし、詳しいことや続きは教えてもらえない。
生活の幅をどんどん狭められていく世の中である。

最近でショックが大きかったのは、もう何年も利用している通信販売の会社が、年2回送ってくれていたカタログを年1回にし、インターネット注文のみに割引キャンペーンや福袋などの優待をするようになったことである。カタログに載っている注文方法も、ネットからの注文がいちばん最初になってしまった。
そんなに電話は迷惑なのだろうか。
わたしは、電話オペレーターさん達の丁寧で親切な応対が大好きなのだが。
そこの通販はとても好きなので、電話で注文できなくなったら本当に悲しい。

インターネット環境を保持しないことによって、今まで様々逃してきたし、相当損をしてきたと思う。
それは承知の上で自分で選んでいるのだから、悲しみこそすれ、自分の不遇を改善してくれなどというつもりはないが、何かにつけて平等・権利と声高に言う昨今において、こういう不公平が生じていても、さして構わないという世の風潮も不思議である。

これが世の流れ、自然淘汰なのだとしたら、わたしのような種類の生き物はそのうちこの世から消えてゆく定めかもしれぬ。
それは悲観的な観測ではなく、むしろこの先どうなっていくのかなあとある種楽しみなくらいなのであって。
固有種として、別枠の生き方が確立されるかもわからんしね。

着実に化石化(或いは生きた化石化)しつつあるらしい自身を再確認する新年度であります。

 
 

 

生命力にあやかりたい。

今年の桜は開花が早く、みるみるうちに満開になって、あっという間に散ってしまった。
冬が温かったせいなのかなあ。
4月も中旬を少し過ぎたばかりというのに、もう山には藤も見頃になっている。
違和感を感じつつも、やはりこの時期、根っ子も腐ってしまったかというような鉢や、枯れたのかと思うような枝から可愛らしい芽がむくむくと出てくることがとても嬉しく、毎日毎日楽しみでならない。

なにとはなしに植物が気になる。
ホームセンターに並ぶ、150円程の小さなポットに植わっている小さな緑。
3鉢で1000円なんて言うものだから、県北の寒さをナメてどうも全滅させてしまったと思われる(芽が出はしないかとまだ諦めきれずにいる)ゼラニウムと大好きなエニシダとフクシア(育て方がわからず既に危機的状況)を連れて帰ってしまったし。
部屋にも緑や花を置きたくなる。
お茶の先生からいただいてきた花筏の、葉っぱの真ん中に飛び出た蕾を見てはいつ咲くのだと話しかける。

生活を逼迫させる危険を冒しながらも、植物を側に置こうとする・・
生命力にあやかるどころか、精神崩壊しかけているんじゃないのだろうか。
春の陽気のせいなのかしらね。

 

白ト、黒

ゴールデンウィークの倉敷で展示会です。

 

 かっこよくない?

DMのデザインが出来てきた時、今回のフロントマン(?)La crieの宮本さんがおっしゃった。

 ・・・うん。
 え、でも、革ですよとか、そういう説明はないんですか?地図とか。

 今時みんな調べてくるから。

 ・・そうですか・・・・
 (ネット世界との隔絶を感じる)

却ってインパクトがあって目を引くのかな。
とすると、あんまり内容明かさない方がよいのかな。
あ、調べればわかるのか。

というわけで少しだけ・・
松田しろが刺繍で参加します。初めて革にも刺繍しています。
今回の革は、しぼが美しい、牛ながらやわらかくてしなやかな革です。
勿体なくて、刺繍しない方がいいですよと何度か宮本さんに進言しては睨まれたようです。
タイトルから、自分がメインと思われないかと怯えているそうです。

何年か前から、白と黒というタイトルの展示をしてみたいと密かに思っていたシロは、今回の成り行きにちょっとびっくりしています。

 

2016.05.02〜05.09   倉敷のギャラリーはしまや にて
初夏の倉敷、美しかろうなあ。



プロではないか。

 
毎年このくらいの時期に、知らずにいたい体重を有無を言わさず量られる機会が訪れる。
冬太り解消がまだ間に合わず、1年の内でも体が重たい時期なので、測定される度に大変しょんぼりするのである。
今年は、冬の間に例年と比べ体重増加をだいぶ防ぐことができていたので測定値に期待していたのだが、3月後半辺りから、なぜだか足の重たさやむくんだ感じが取れなくなって、冬太りしたのとあまり変わらなくなってしまった。
どういうことだ。
憤りを覚えつつ、足を揉んだり、食べる量に気を付けたりして測定日ギリギリまで足掻いてみた。

体重を否応無しに教えられるようになって6年程。
特別なことがない限り、1年に1度、この時にしか体重は量らないのだが、この6年、その数値に変化がない。
まるでイチロー並みの調整力ではないか。
しかも今回は6年前と小数点以下までぴったり同じで、我がことながらさすがに驚いた。
なんとか維持できているのかなという安堵感もなくはないが(視力も落ちていなくて嬉しかったし)、今までの数値を下回って驚かせてくれても構わないのですよ わたし。


     

 

 

 


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