出てくる魔法

耳に穴を開けた。
化膿の危機もなんとか乗り切り、或る朝左耳たぶの後ろが血まみれになっているという事件も発生したが、その後はまずまず穏やかに日々は過ぎ、もうすぐ3ヶ月を迎えようかというこの日、密かに恐れていたことが起こる。

朝、顔を洗おうと洗面台に向かい、タオルを頭に巻いたその時だった。
!! 左っかわのピアスがない!!
うそ!うそうそ 困る!どうしよう!!
そうでなくとも我が体の治癒力の高さよ!数時間で穴が塞がるというのに!代わりといっても、まだぶら下がるタイプのピアスしか持っていない・・
とりあえず洗顔あと回しで緊急捜索。
寝ている間に取れたのか?そんなに激しく耳掻いたかな。キャッチがはまってなかったか。
しまった布団を引っ張り出し、1枚1枚ばさばさし、枕も叩き、パジャマも振りまくり、這いつくばって部屋中探したが ない。
もしかして風呂?しかし風呂で取れたとしたら、前の晩から無いってことじゃがん。というか風呂だったとしたら、流れてしまったのほぼ確実ではないか。
病院に頼むか・・片方だけでもいただけませんかと尋ねてみるか・・折角また買うなら、違う種類にしてみるか・・・
電話帳で病院の電話番号を調べる自分が脳裏に浮かぶのを打ち消すように風呂場へ走り、洗面器やらイスやら動かし、隅から隅まで目を光らせる。
あっ・・・!
ちいさな希望が大きな絶望に呑まれる瞬間を、これほどまでに鮮やかに全身で感じるなんてこと、考えてみたらそんなになかったかもしれない。
排水溝の蓋の穴に斜めに引っかかっている、小さな小さな白いキャッチ・・・・
や  った・・・・・・
風呂場確定。
我が家の穴の大きな排水溝の蓋に、こんな直径6ミリ程の小さなキャッチが残っていたこと自体もう既に奇跡。それよりも小さなピアス部分が、大量のお湯によって流されていない筈がない。
ああ・・・・病院・・・・・   半分そちらに傾きながらも、できる限りのことをしたいと思わずにはいられない半分の自分。
外に出て、風呂の廃水が流れてくると思われる場所(よくわかっていない)へ行き、コンクリートの蓋を持ち上げようとする。全く動かず。指の先すら入らない。火ばさみを持って家に入り、すがるような思いで排水溝に差し入れてみる。髪の毛すらほぼ上がってこない。
もはやこれまで・・・・・
とりあえず当座は、片方だけの象さんのピアスをして過ごそう。
病院に電話して・・いつ病院行けるかな、そもそも穴も開けんのにピアス買わしてくれるかな・・・
哀切とは、こういう気持ちのことであろうか。
風呂場に広げた新聞紙を畳み、火ばさみを持って立ち上がる。元来未練たらしい性格である。深い溜め息をつきながら肩を落として風呂場を一顧。未練に加え、たいがいしつこい性格である。去り際に、力ない指で風呂場のマットを持ち上げようとつまんだその時!
体中の立毛筋が、弾けるように直立したね。
一部の隙なく塗り込められた絶望が、まるで忍者屋敷の壁の如くに、これほどまでに一瞬にして歓喜に反転するなんてこと、考えてみたらそんなになかったかもしれない。
くまなく見た筈の風呂場の床に、銀色に光る物体ひとつ。
ああああ!!  あっ たああああ!!!!
信じられない 嬉しい うわああ  見たのに!ちゃんと見たのに!!よくぞ流れずいてくれた!!ごめんよごめんよ 耳のうしろを強めにかしかししたためだよね  ああなんてこと!なんという奇跡!なんというかもう!この世の全て、ありがとう!!
すぐさま洗面台の鏡に向かい、無事保護されたピアスを付ける。(入れるのに多少往生したが)左耳を見ながら思わず呟く。
すげえ・・・
また 見つかった。

何か物が失踪してしまった時、大抵出てくる魔法がある。
魔法なんつって、別段大したことではなくて、なんだったか、かなり昔にテレビで誰かが言っていたと思う。
(確か)壁とか柱をノックしながら、出てきてと言う。
ただそれだけのことなのだが、不思議なことに大抵の場合見つかるのである。
最近も、大事な物をその方法で、立て続けに発見した。お気に入りのカワベマサヒロさんのブレスレット、姉が誕生日にくれたネックレス、そして今回のファーストピアス。
先の2つは、記憶という記憶を引きずり出し、執念で探したと言えなくもないが、今回のピアスは・・なんか ねえ・・・ と自分で思うだけかもしれないが・・・

たまたまとしても気のせいとしても、それで見つかれば嬉しいし、何の方法もないよりは、心強いというものである。
素敵な魔法を知っている。
これでわたしは無くさない。

魔法で出てこなかった物は諦めて忘却するという魔法が、体に内蔵されているのかもしれないが。

 
 

 

indigo
jam
unit

若者4人のジャズバンドがあることは聞き及んでいたのだが、そして何度か来訪していることも知ってはいたのだが、何故今回初めてわたしが食い付いたかといいますれば、ピアノ・ベース・ドラム・パーカッションというメンバー4人のうちのドラムとパーカッションのお2人が、ライブ前日湯原温泉の旅館にて、ドラム・パーカッションだけのライブをされるという。えっそんなん初めて と純粋に興味を持ったのも事実だし、ご近所さんの「すっごいお勧め!」という言葉に背中を押されたのもあるが、正直に言おう、そのライブを見た後に、その旅館のお風呂に入れるという特典が付いていたからなのです。日帰り入浴でもそのライブの入場料くらいするのに、それをライブ見た上に風呂まで入れるて。しかもそんなにお勧めならば、観に行かん手はないではないか。

夜、入浴の準備万端整えて一路湯原へ。
会場であるロビーには、真ん中にドラムセットとボンゴ(ジャンベ?)が向かい合わせに据えられていて、その周りにソファーや長椅子、一人掛けの足の高い椅子などが並べてある。ボンゴの斜め後ろにあった立派な一人掛けのソファーに偉そうげにはまり込み、開演を待つ。
やがて、男の方が機材の調整でもしに来たようにふらりとドラムセットの前に座ると、そのままドラムを鳴らし始めた。あっ、メンバーの方・・!ちょっとびっくりするが、すぐに演奏に夢中になる。うわ、かっこよし・・・!チキチキチキとかカツカツカツとかタタスタタンとか時々ドッとか、一体何種類の音が出ているの!どこで何をしているの!(失踪者への呼びかけではない)と もう文字通り、目が釘付け。うう、体が勝手に動くではないか。そして何この心地よさ。完全に高揚して気持ちはうわーっとなっているのに、安心感みたいなものがずっとある。
感激している間に1曲終了。続けて演奏が始まると、また別の男性がふらりとボンゴの前に現れ、ドラムに合わせて叩き始めた。わあああ楽しい!なんとか抑えているのだが、大きな椅子の中で体の動きは増すばかり。いやなんなのこれ、笑えてしまって困るじゃないの。ドラムの方が演奏中、時折クールな表情を崩されるのも大変によい。楽しいのが伝播してくるといいますか。こちらの楽しさも増幅される。

アンコール前にはベースの方も1曲入られて、また曲の感じが変わったが、打楽器のみの演奏が、これ程楽しいとは想像だにしていなかった。
その興奮のままお風呂もいただき、満ち満ち足りた一夜であった。

あまりに楽しかったので、予定していなかった次の日の4人のライブも行くことを決めた。やはりピアノが入るとがらっと表情が変わる。よりストーリー的なものが見えるというか。4人での演奏も勿論よかったが(また皆さんお人柄がよくて。)、わたしには前日のお2人のセッションが大変心に刺さりました。

よいなあライブ。勧めてくださって本当によかった。半分風呂目当てで行ったのに、思わぬ得をしてしまいました。
ただ、現場で好きに踊ると周りに迷惑を掛けるので(多分踊りもおかしいし)、思う存分踊るのは、家でやろうと思います。

 
 
indigoのメンバー・ワサノさんとシミズさんが参加されている、パーカッション3人によるセッションのCDを購入。
ついつい体が動いてしまうので、わたしは聴く状況を選びますけど、いやあ楽しい。なんて豊かな音なのだ。
DVDも付いています。観たら踊るな。確実に。



 

今日の
刺繍
  小さい四角のもの   約12cm×13cm



花めく
木曜日

朝から小雨が降ったり止んだりの日、知り合いの美容師さんのお母様に、きれいな赤みの強い紫の紫陽花とフリージア、大きな花を付けたカラーをいただく。

その日はそのあとちょっと年上のお友達と会う約束だったので、おうちへ行き、帰るまで表のカメにお花を生けさせてもらうことにした。

お昼ごはんを食べたあと、寄りたい所があると言われて向かったのは、お友達のお友達のお宅。
色々お話ししているうちに、几帳面に毎日のようにお手入れをされているというお庭を見せていただくことになる。
広いお庭は、庭木も刈りそろえられていて、芝生には雑草の1本もなく、2人で嘆息。
お庭の一角には野菜と様々なお花を作っておられて、そのお花の美しさにまた感動。
あまりにも2人でわあわあ言ったためか、持って帰る?と、また降り出した小雨の中次々お花を切ってくださった。
こどもの顔くらいありそうな大きな玉の紫の紫陽花、鮮やかな青のがく紫陽花、沙羅双樹(夏椿)、旬のフリージア・・わたしが最も嬉しかったのは、大好きなストケシアの白!紫はよく見るけれど、白は初めてだったので1人で興奮する。
その他名前の知らないお花も合わせ、抱える程にいただいて、感謝感激しながらおいとまする。
お友達の家に帰ってから2人で花を分け合い、なんてきれいなんだなんて美しいのだと大盛り上がり。

丁度お客様が来られる予定があったので、なんとタイミングのよいことかしらと、幸せな気持ちで我が家にも花を生けたのでした。
(ろくに掃除もしないから、お花を飾ることでプラマイゼロにしようとしている。)

 

 


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