勿論毎回感激してはいたけれど、とうとうそちら側へ行ってしまうとは。
やろうやろうと誘われたものの、喉の調子が悪かったのもあって、来年しますーとかえへえヘーと笑って誤摩化したのが去年の話。
あっという間に1年が過ぎ、またその季節がやって来て、また同じ方に誘われたのが今年の話。
喉を痛めやすい質でもあるし、よっしゃ!いっちょやるか!という気にもなかなかならず、再び、いやあーとかにやにやしていたのだが、約束したしなあ・・という気持ちが、そういう自分をじりじりと責めだし、遂に意を決した。
「第九」を歌う。
しかしそのタイミングが遅すぎて、初めて楽譜をもらい初めて練習に参加したのが、本番3週間前の12月あたま。
譜面を見るなり、しまった!と思った。
カタカナ表記もあるとはいえ、歌詞はドイツ語。しかも自分はアルトパートなので節が全くわからない。音符を追いながら歌詞を読むのは至難の業。どうもえらいところに踏み込んでしまった・・・
パート別に合唱部分が収録されているCDを受け取り、翌日からひたすら聴く。ほぼ毎日かけっぱなしだったクリープハイプも、十数年振り?くらい久々に聴き、なによー!かっこえーなー!となって、かなりの頻度で聴いていたAirも、『プレイバックpart1』が聴きたくなって引っぱり出してきた百恵ちゃんも、全て封印。本番まで、第九以外は聴かず歌わず。
そうやって、ヘビーリッスンしていても、音階はなんとか入ってきたが、歌詞がやっぱり覚えられない。言葉の意味が分かれば或いは・・と思っていたところ、訳詞を持っている方がおられて見せていただくことができた。
なんちゅうええ歌じゃこりゃ・・!!
「抱き合え!数百万の人々よ!この接吻(くちづけ)を全世界に!」とは!
喜べ!抱き合え!なあ兄弟!!
そりゃ感動して曲作るわな、ベートーベンも。
歌いながら泣きそうにもなるわな。
やたら全世界全世界(gan zen Welt! ガン ツェン ヴェルト!)いうのが好き。
風邪を引かぬよう、うつらないよう自作のマスクをして過ごし、迎えた本番。
舞台いちばん奥の壇上、それも最上段からオーケストラを一望。面白い景色である。
2楽章が終わったところで合唱は舞台へ。4楽章で歌が始まるまで立ったままじっと待つ。足が痺れ、爪先の感覚がほぼ無くなっていることも忘れさせるようなオケの演奏。
今回参加した第九は、ソリストを合唱団の選抜メンバーが担うという全国でも珍しい演奏会である。オーケストラの音が消えた直後、まさに丸裸の状態で、たった1人で歌い出すバリトンの方の声には、毎回痺れる。500人近い人々のいるホールに、自分の声だけが響き渡る。全ての人が注視・注聴する中で。なんという瞬間!わたしの、本番までのどうしようどうしようなどとは到底比べものにならない。
途中、子供達とテナー・バスの合唱が終わった後のオケだけの部分が大好きで、普段はヘビメタでも聴いているのかと思われるような体の揺らし様で楽しむために、演奏中それを我慢するのが非常に大変だった。
結局、本番でいちばん声が出ないという不甲斐ないファースト第九となってしまったが、終わってみて、やってよかったなあと思った。
楽しかった。
大変のびのびとした、解放的な、もうただただ「楽しかった」。
壮大で力強く、光と愛に溢れたあの歌を歌ったことで、少しは心根が明るくなったのかもしれない。
意を決してみてよかった。誘ってくださった方にも感謝申し上げる。
つくづく、いい経験をしたものである。
帰りの車で、早速ブル−ハーツを聴きましたけどもね。
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