2槽式よ
永遠なれ

母がやってきた。
我が家の洗濯機の脱水槽で、きゅうりを脱水するために。

電話で「今日こっち来る用事ある?」と訊いて「はあ、あるよ。そこの洗濯機の脱水槽できゅうり脱水しよう思うて」と答えられたらどうですか?
わたしは「はあ?」としか言いようがないです。

数十分後、湯に浸かって色の変わった大量のきゅうりを持って現れた母は、早速きゅうりを輪切りにし、手製の専用袋に入れて、脱水槽できゅうりを回し始めた。
きゅーちゃん漬けと母の呼ぶ漬け物にするべく、非常にしっかりとした水切りが必要であるらしいが、そのためだけにわざわざ子供のとこの2槽式の洗濯機を借りにきた上、脱水槽をえも言われぬにおいにするとはどういうことか。
「全自動ええわあ」言うとる場合か!!きゅうりの脱水もできん全自動やこ!!
・・・ 明日の予定ですか?そうですね、ま とりあえず洗濯はしません。

 

そんな母は、道でカメが轢かれていることに憤慨し、折しも道を左から右へ横断していた小さなカメを、「よけとこうか」と車から降り、左側の川の方へ投げ込んであげる、大変親切なご婦人です。

 

 

ほんの小さな出来事ですか?

サボテンの花が咲いた。
もう何年前から一緒に暮らしているかもわからない。
植え替えもせず、本当にほぼ捨ておかれているような状態なのに、ふと思いついたように花芽(?)を伸ばし、毎年1輪花を咲かせる。
サボテンからしたら、もっときちんと世話をすればもっと花をつけてやるのに、おまえがつまらんから1つしか咲いてやらんわ思い知れということだとすると、こちらとしてはそうして1輪花をつけてくれることに、あな嬉しや有難やとなっているので、サボテン側の思いはまるで伝わっていないのかもしれない。

サボテンの花といえば、どうもあの有名な曲を思い出す。
洗いかけの洗濯物をほっぽり出して(ということは大事にしていたものも服もなんもかんも全部と思うが)突発的に真冬の空の下に飛び出す程に愛が傷付いた原因が、本当にほんの小さな出来事だったのだろうか、或いはきみが飛び出した時に起こったことはほんの小さな出来事だったのかもしれないが、それは単に指が最後の着火点に届いた瞬間だっただけであって、それまでに長い間引金は引かれ続けていたのだとしたら、その1つ1つは小さな出来事だったと仮定しても、結局は小さな出来事では済まされないのじゃないんだろうか とかれこれ10何年考え続けているわたしは、ほんの小さな事で悩み過ぎているのだろうか。

 

 

放蕩息子の店!


 

7/6〜勝間田のレストランpiatto nonoで始まった、太田三郎さん展『放蕩息子の店』へ行きました。
御一緒したのが、わたくし大っファンのハンガリスト 基 木版画家・星江美さん(詳しくは素敵な素敵な木版画の雨玉舎さんのホームページをご覧くださいませ!)だってんだから、行く道中からうはうはではございましたが、お店の玄関前にマッサージ機や唐箕が置いてあるなんて、 あッ…なんかある とお店の中の状態を想像せずにはおられない。入ってみると意外にすっきり、と思いきやあらこんな所にこんなものが、まあここはどうしたことなのということが次々あって(是非実際にご覧いただきたい)、これはこういうシリーズで、こういうテーマがあるそうだよとnonoさんに教えていただくと、バラバラのような作品たちの一体感が見えてきて不思議。
お料理は、展示期間限定メニューが色々あって、それぞれ別のメニューを頼んだ上に 更に1皿2人で食べませんかと星さんに強要しようとする程悩みに悩んだ末、あ また来ればよいのかということで放蕩サンドセットに決定。その中でいただいたじゃがいものスープが激烈に美味で、というのも折しも数日前に、またも昔の暮しの手帖で見た夏野菜のスープを実践し、じゃがいもを使ってスープを作っていたもので、その味の天地程の差に驚愕し、星さんnonoさんに事の次第を語り、夏野菜なら何でもと書いてあったので処理に難儀していたきゅうりも入れたと言ったところ、(犯人は)きゅうりだよとお2人共から言われ、結構な加減で落胆。だってタッパ−2つ分作ったのだもの!そのあとnonoさんから入れると味がしまる食材を教えていただきました(後日作ったらほんまにその通りで!同じ味にはなりませんけど!)。放蕩サンドに手を焼きながらも、エンゼルリーフティーに浮かぶエンゼルをとっときにしようと思っていたのに、最初の一口で喉に滑り込ませてしまった自分に笑いが止まらなくなる星さんと大変楽しくお食事をし、ふらふらと太田さんの世界を放浪し、グッズを漁り、また席に着いてお茶を飲む。

思えば、色んな石が1つずつ切手シートのようにプリントされた便箋(?)2枚を姉がくれたのが高校生の頃。それが太田さんの作品とも知らず。以前津山にあったギャラリーSEED(ギャラリー・ショップ)をしばしば訪れ葉書や封筒を買い、太田さんのグッズを東京の友人に送ったことも。なぜか太田さんのお店と気付かず。つくづく注意力がないというか漫然と生きているなあと思いますが、高校生の頃は勿論、最近までお会いしたこともなかったけれど、随分前から太田さんの作品は自分の身近にあったのだなあと、回転の遅い頭でぼんやりと考えた午後でした。
(姉にもらった便箋は大事にとっとき過ぎて、もはや使えなくなってしまったので、今回便箋・封筒を仕入れました。)

その後長いことお話をしていたようで(途中nonoさんも加わって)時間見てびっくりしましたと言う星さんに時間を聞いてびっくりし(わたしは滅多に時計を持たないし、おおよそ人と居ると時間を見なくなる)、慌てて帰途につきました。

放蕩息子の店、9/4まででございます。まだまだあるわと思っていたらすぐ済みます(自分に言っているようだ)。是非是非お運びくださいませ。

 
 
 

 

涼を求めて

持っているなら使わねば と機会があれば着物を着るようにしている。
この盛夏の7・8月は、絽(ろ)とか紗(しゃ)とか薄いすけすけ地の着物の時期で、帯も小物も夏仕様になる。
先日見知らぬ人の会話が耳に入ったのに、着物は見る人に涼しく着る人に暑いという旨、全くその通りで、5分も歩いただけで汗が噴き出し、朦朧としながら湿ったハンカチを握りしめているその横で「まあ涼しそうですね」と言われたらまさに何も言えなくて・・・夏、どうもこうも笑うしかないが、その凄さも着物の魅力なのかもしれない。
家に帰ると何をするよりもまず帯を解く。まったく脱衣後の爽快感といったらない。暑い日に一気に冷えたビールをあおったらこんな気分なのだとしたら、わたしは大いに共感できる。
脱ぐとあまりにすっとするので、「最近着物、脱ぐために着よんじゃないかと思います」と発言したら、着付を教えておられる方に苦笑されました。

 

 

熱帯
Super
Jam!

近くのホールにジャズライブを聴きに行きました。
熱帯JAZZ楽団を率いるカルロス菅野さんをはじめメンバ−7人による、ラテンでトロピカルでパワフルなスーパージャズナイトでございました(興奮による錯乱状態)。
失礼ながら1度もお聴きしたことがなく、気になるけど行こうかなどうしようかなと思っていたのですが、んもうほんまに行ってよかった!!ぐはあもう言葉が見つからなくってよ!(錯乱状態)楽しゅうて楽しゅうて手を叩きすぎて左手首と指輪をしとった指に体育のバレーの授業のあとできる内出血の水玉が現れた程!(そして指が軽く腫れている!)つらくて何もかもどうでもよくなるのは本当に悲しいけれど、楽しゅうてなんもかんもどうでもようなるのは笑ってしまう程すかーーとするのだなあ。

生ってすごいなあ。
人にお金を借りて(1000円しか持っていなかったからね!)CDを買い(買ってもらい)家に帰ってすぐさま聴いているけれど、あの会場でのなんというか、もう止まってはおれん、こう、いや〜〜〜となる感じ(嫌ではなくて…)悶えるような・・・もうわからなくなってきたけれど、さっきまでの自分の状態とは違うものなあ。爆音でないのもあるけど、演奏されている曲を今そこで人がやっているというのは、なんなのだろうなあ・・・生きているというか、いやまあ生きているのですけど・・・
先月別の所へフラメンコの踊りと演奏を見に行った時も、踊りもギターも大変に素晴らしかったのだけれど、何よりもわたしは歌に胸を射抜かれてしまい、歌詞の内容もわからんのに涙は出るし、もうこの先人前で歌うのはやめようと思った程、心掴まれました。きっとCDではこうはならなかったのではなかろうかと思う。

それを目の前にするって、ものすごい力だ。
ダイレクトって、胸、体にそれをねじ込まれるみたいだ。
ううむ・・・
不思議と、今のわたしの状態にベストマッチな演目とタイミングだったように思います。
こんな所まで来てくださった皆さんにも、呼んでくださったホールの方にも、心より心より御礼申し上げます!
こんなにもう、すっっからかんに楽しかったのって、しばらくぶりではなかろうか。
はあ楽しかった・・・もう汗びしょになりました。

 

 
   

 


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