こんな時なんと言ったらいいのでしょうか。

急ぎの仕事をしていたら、必要なスケッチブックが終わってしまった。1分も惜しいという状況で、片道1時間かけて画材屋さんにいかなければならないのか・・・それは誠に辛い、どうしたものかと悩んでいるうち、わりとメジャーなスケッチブックなので、ホームセンターなどにあるかもしれぬと思い立ち、近くのお店に電話したところ、1件目にはなかったものの、2件目の文房具屋さん、3件目のホームセンターに同じものがあり、半日はつぶれる覚悟でいたものが、ものの40分でスケッチブックを手に帰還できた。お店の方に重ね重ねお礼申し上げ、泥沼から引き上げられたような(引き上げられたことはないけれど。しかも例えがよくわからんが)心持ちで、作業を再開したのであった。
あ、地獄で仏、地獄で仏。
まだ地獄に行ってはいないが。

 

 

常套句
「毎日日曜なんですよ」

(わ− タイトルが俳句調)

結構前からの話だけれど、日にちや曜日がわからなくなる。
ここ数週間は特に、日が経つのがあまりに早く、その状態に拍車がかかっている。
日中家にいる時は大抵音楽かラジオ(主にFM)を聴いているのだが、あれ?もうつのだ☆ひろ氏の日?あれもう矢口清治さん?と思うとったらもうゴンチチ?(これは土曜の午前中)という具合に1週間が飛ぶように去る。のが悪いと思う。
その他、曜日を確認するには、昼に観たいいとものレギュラーメンバーを思い出す。
いいともといえば、タモリさんがオープニングの歌を歌わなくなっていたのを知った時は、「エえ!?」と声を上げてしまった程の衝撃だった。
それにしても日々大変お世話になっていることだなあ。森田一義アワー。

そして、この現状を打破する策は見つからないことだなあ。

 

 

貧しさの中心で愛を叫ぶ。


 

何が好きって、とにかく切手が好きである。
切手のこと、或いは、少し前ニュースにも出た、東京駅の前にある郵便局の地下にあった(何年も前に1度訪れただけだが)いままで発売された切手を購入できる場所のこと、またはその郵便局のことを思うだけで、胸が高鳴り、涎が止まらなくなる(好きなもののことを考えると、涎が溢れ出るシステム)程好きである。

収集家ではないけれど、バリエーション豊かに使用するには、やはり種類と量が必要になる。10数年前、個人的バブル全盛期には、欲しい切手は必ず2シート買っていた。切手に割合金を投じたように思う。
41円・62円などの古い切手も全く問題なく使えるので(しかもデザインが素晴らしい)市内の古道具屋さんで見つけた時には、飛びついてあれこれ求めたが、そのお店からも古切手が消え、手に入れた切手は減るばかり。需要に供給が追いつかない状況である。

そもそも、切手を何かに貼るという行為は、その手紙なり葉書なりに、50円玉や100円玉を貼り付けているのと同じことであるが、昔から自分にはその感覚がなく、葉書に62円切手を貼ったり、150円のところを、80円切手を2枚(絵柄が2枚で1つになっているものなど)貼って出したりする。つまり、普通なら10円・12円お釣りがくるところを、平気で釣りはいらねえよとやっているわけで、今までどれ程これをやってきたことか・・・!通算すれば、1000円程の話でしょうけど!

わたしにとって切手は、その値段以上の価値を持つ。あんな小さなスペースに、夢もロマンも優しさも、粋も甘美も驚きもある。こんな実用的な美術品があろうか。ーー買う時はそのお値段でいただきますけど。 料金不足にならないようには気を配るが、払い過ぎなど些末であること限りない。

切手も手紙の一部である。
春には桜を、初夏には藤を、嬉しい時には楽しい絵柄を、夏には夏の、冬には冬の、相手の喜びそうなデザインの、年上の方には、子供たちには、この便箋には、この絵葉書には・・・服に合わせて靴や鞄を選ぶように、いつの時でも誰にでも、同じ切手でなど考えられない。だから切手が欲しい。必要なのだ。
もし宝くじが当たったら、上京し、欲しい切手を欲しいだけ買ってしまうだろう。
買ったことないけど。宝くじ。

またいつか、個人的バブルが訪れるまでは、細々と少量の切手を買い続けてゆくしかない。何通手紙出したら切手1シートくれるとかないかしらん(最終他力本願)。

ちなみに店でお釣りもらえんかったら、遠慮しいしいちゃんと言います。

 

 

飛んで湯に入る・・・

家にいる時は、作業する時など大抵の時間正座で過ごします。作業する台は、片付けてもすぐ物でいっぱいになり、また、作業中のものを守るためにも、飲み物などは必ず台の下に置きます。
水筒にお茶を入れる時と、カップにティーバッグを入れて、お湯をついでは飲みついでは飲みする時とあります。水筒の時はよいのですが、カップの時は、下に置いているために、いつの間にか何かが入っていることがあり、髪の毛やひざ掛けの毛玉の他、消しゴムのカスが入っていたのには、しばし閉口してしまいました。しかし不思議とカップの底に留まり、口には入らないところに、少なからず好感を覚えます。
貧乏性ではなく貧乏なので、1つのティーバッグを最低6回は使います。最終的に、もはや○○風味のお湯です。

 

 

 

   
   

 


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